特別任務
2026年8月21日。金曜日。17時00分。
千葉 聖アルサード教会 上層会議室。
教会大聖堂の上層にある会議室。金曜の夕方、私達AMGE《アンジェ》に招集がかかった。
「私達全員に招集がかかるとはね…… よほどの事態と思っていいのかしら」
松雪さんがそう呟く。
「大きな霊的磁場の乱れは感じませんが、私達に把握出来ない事態が起こっているのかもしれませんね」
私はそう言うと、静かに瞳を閉じる。このところ退魔業が多忙だったものの、大きな霊的事象が起きた感じはない。今思えば、私が退魔士《エクソシスト》として活動を始めた頃から比べると、より広範囲の乱れを感じ取ることが出来るようになった。年齢を重ねるごとに、霊的能力自体が飛躍的に向上している気がする。
「お待たせしました。今日は急に招集をかけて申し訳なく思っています」
朝霧聖女神官と、上條聖司祭。真由様が静かにそう言うと、私達は椅子から立ち上がり、会釈をする。
「さて、皆さんが招集された理由をお話しします。このところAMGEの任務は日々過酷さを増しており、皆様もかなり消耗していると思います。北條さんが急な熱中症で倒れたのも、AMGEの任務もありますが助司祭としても多忙だったことが原因でしょう」
熱中症で倒れたことは初めてだったが、真由様の言うとおり日頃の疲れが蓄積しすぎた結果かも知れない。
「この事に対して、私達上層部は深刻に考えておりまして、今回の招集に至った――と言うわけです」
真由様が静かにそう言った。声のトーンからして何か重要な事が決定されたようだ。私は息をのむ。他のメンバーも表情が険しくなった。
「ここからは私、上條が説明しましょう。今後も現状が続けば退魔業にもいずれ支障が出るでしょう。大きな被害発生の可能性も捨てきれません」
少しの間を置いた後、上條聖司祭の口が開く。
「そこで、AMGEの皆さんに旅行へ行ってもらいます」
上條聖司祭の――意外な言葉。
「――はい?」
松雪さんがそんな声を上げた。
「旅行とは――どういうことでしょうか? 遠征退魔任務なのでしたらもっと最適な言い回しが……」
松雪さんに同感する。その時、真由様が小さな声で可愛く笑い出した。
「上條聖司祭。そんな真顔で言ったらみんな信じてくれませんよ。遠征退魔任務ではなく、正真正銘の楽しい旅行です。場所は長野県の山奥。とても涼しいところで温泉もあります。上質な水でお酒も美味しいそうです。もっとも未成年の飲酒は禁じられていますが」
リラックスした表情で語る真由様を見て、全員の緊張が解けたようだ。
「鮎香ちゃんと旅行…… 素敵な旅行になりそう」
隣に座っている結衣花ちゃんがにっこり微笑む。
「今回の旅行は二泊三日。AMGEの皆さんのリフレッシュと親睦を深める事が目的です。これを機会にみなさんで楽しんできてください。霧峰さんも北條さんばかりを追いかけないように」
小さく笑いながら言う真由様の言葉に、皆が笑い声を上げる。
「結衣花の一途さは女学院でも有名だからね。あまり北條に迷惑をかけてはダメよ」
微笑しながらの松雪さんの言葉。黒川姉妹も生暖かい目で私達二人を見ている。一体いつからこんな目で見られるようになったのか、もう私はよく分からない。
「もう…… 私は気が弱い鮎香ちゃんを守ってるだけです。そんなことを言われる筋合いはありません」
結衣花ちゃんはそう言うが、彼女のおかげでたくさんの嫉妬と好奇の目を向けられている私。困ってはいるけど嬉しくもある複雑な気持ちだ。
「そうね…… 今回の旅行、くじ引きでパートナーを決めるのはどうかしら? いつも組んでいるパートナーを除いてね」
松雪さんの提案に私は乗った。
「確かにそれだと他の方々と密接にコミュニーションが取れますね。素敵な案だと思います」
私の言葉に蒼依さんや黒川姉妹も頷いている。結衣花ちゃんは少し不満そうだけど、今回ばかりは我慢してもらうしかない。
「目的地までは特別バスで送迎します。日頃の疲れを癒やしてリフレッシュしてきてください。現地での費用も教会が経費として処理します」
その言葉に、手を合わせる黒川姉妹。お互いにっこりと微笑んでいる。姉妹仲が良いのは本当に羨ましい。
そして私達は、来週の旅行を楽しみに待つのであった。