聞き込み調査

同日。10時22分。
品川区。聖アルサード女学院高等学部。

食堂で朝食を済ませ、ベースから車を出して、アルサード女学院高等学部へと辿り着く。高い外壁で敷地は覆われており、高等学部や奥へ続く女学院の様子は外からでは視認できないようになっていた。正門は立派な佇まいで、まるで赤坂の迎賓会のようだ。

「すごいところね」

駐車場まで向かう中、助手席から外の様子を眺める。中の敷地はかなり広い。現在は授業中のため高等学部の生徒は出歩いていないが、女学院生と思われる私服の女性が、広場のあちこちで見受けられる。

聖アルサード女学院高等学校。2000年以降にアメリカが発祥となり世界各地で急速に広がった新興宗教。それが聖アルサード教だ。光の女神アルサードと自然を司る炎、水、風、そして地の四神からなる存在によって、この世が創造され平和へ導くとされている。

世界の有数の企業家達がその教義に感服したのか、積極的に教会をあらゆる形で支援し始めたことが爆発的に信者を増やすきっかけとなった。世界の主流の宗教はキリスト教、そしてイスラム教、ヒンドゥー教であるが、今では第4の宗教としてその頭角を現している。ヒンドゥー教より信者は少ないと言われているものの、その莫大な資金力での布教活動、貧困や格差に喘ぐ者達への奉仕活動を積極的に行っていることにより、信者を確実に増やし、その影響力を日々高めていた。

私達は車を停めた後、高等学部の受付へ行き、職員から2階の面談室へと案内された。白い大理石で出来たような校内は神聖な雰囲気で、夏場でもひんやりと涼しく感じる。

「聖アルサード女学院高等学部三年生。北條鮎香と申します」

小さな机のある面談室に入ると、北條さんが椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。写真で見るよりも線が細く、綺麗に見えた。モノクローム調のブレザーがとてもよく似合っている。身長は150後半ぐらいだろうか。高めの可愛らしい声だったが、とても落ち着いた聖職者のような雰囲気の女学生だ。アルサード教会へインターンに行っているのも頷ける。

「UCIA特別捜査官の神蔵だ。相方は姫宮という。学業で忙しいところ申し訳ない。早速だが、同じ部の浜野由奈さんについてお話を聞かせてほしい」

「姫宮麻美です。よろしくね、北條さん」

にっこりと微笑みかけると、彼女も僅かばかり微笑んでくれた。ただその表情を見る限り、今回の事件の事を重く受け止めているようだ。彼女の瞳から悲しみは感じられるものの、事件に対して真剣に向き合う気持ちも垣間見える。

「浜野さんについてだが――」

神蔵が浜野由奈についての情報を聞き出していく。部活内での行動や、何か思い当たる事が無かったか?など。逐一メモを取りながら情報の断片を集めていく。

「――部活内では特に変わった感じはなかった、か……」

神蔵がペンを下ろす。神蔵が聞き出した情報からは特に思い当たる点は見当たらない。行動的には何も変化は無かったようだ。

「ちなみに北條さん、浜野さんはチェス以外にも何か興味や趣味的な事は無かったのかな? 例えば占いとか…… オカルト的な事とか……」

私の質問に、北條さんの表情が一瞬だが険しくなる。神蔵が一瞬私に視線を送る。何か知っている可能性が高いというアイコンタクトだ。

「北條さん。私と神蔵も、海外では常識で説明の出来ないような事件も度々経験しているの。どんな些細な事でもいい。思い当たる事があれば聞かせてもらえないかな?」

もっとも私が直接経験した事件はないものの、霊的現象が関係しているような不気味な事件は米国でも数多く存在している。同僚や知人からそういった話を聞く事も多かった。嘘と言えば嘘になるかもしれないが、今は情報を聞き出す事が最優先だ。

「実は…… 女学生の間で噂されている、ある都市伝説あるんです……」

静かに、そしてゆっくりと彼女は言った。思わず私と神蔵は目を合わせる。

「――詳しく聞かせてもらえないかな?」

そして彼女はゆっくりと語り始めた。

「――どんな願い事も叶えてくれる夢見の魔女という都市伝説があるんです。女性の夢の中に現れて、願い事が叶う魔法のアクセサリーを授けてくれる。14日以内に願い事をすると、何でも願いが叶う…… と言われています。ただひとつ、気をつけないといけない事があって――」

その単語が出たとき、再び目を合わせる私と神蔵。私達が知っているユメミサマの詳細を彼女は知っているようだ。生唾を飲み込み、その続きに耳を傾ける。

「身の丈に合わない願い事をすると、その代償として魂を奪われてしまう……と、言われています……」

(魂を、奪われる……?)

「――その夢見の魔女というのは、女性の夢の中だけにしか現れないのか……?」

神蔵の問いに彼女は答えた。

「――はい。夢見の魔女は女性の夢の中だけにしか現れないとされています。この都市伝説は主に一部の女子学生で広まっているとされる噂話…… 浜野さんは占いとか、オカルト的な話にけっこう興味がある方だったので……」

そして、何かに恐れるように、彼女は言った。

「……ユメミサマ。彼女もひょっとすると、出会ってしまったのかもしれません……」

(ユメミサマ!? 彼女……も?)

その単語が出たとき、神蔵も驚いたようだ。彼女も…… と言う事は他にもユメミサマに遭遇した学生がいるのだろうか? 今の言い方に神蔵も気づいたようだ。想像以上に彼女はこの不可解な事件に詳しいのかもしれない。聖アルサード教会へインターンに行っているという事は、彼女は何か霊感的なものが強いのだろうか?

「彼女も……ということは、他にも犠牲者がいると考えて良いだろうか?」

「…………」

北條さんはうつむき加減で口を閉ざした。神蔵は更に言葉を続ける。

「君はインターンで聖アルサード教会へ赴いていると言っていた。――教会の関係者で不可解な事件に巻き込まれた人間がいるのか?」

その時だった。面会室のドアが急に開けられた。受付で案内してくれた女性の職員だ。

「失礼。面会時間はこれで終わりです。北條さん、教会からの招集です。表に車を着けていますので、すぐに向かって下さい」

「――分かりました」

椅子に座っていた北條さんが立ち上がる。

「すまない、面会時間は30分のはずだ。もう少し話を聞かせてくれないか? 人が死んでいる。彼女の話が解決の糸口になるかもしれないんだ」

神蔵がそう言うも、職員はその態度を変えなかった。

「北條さんは教会の大事な責務を担っています。教会からの招集は絶対です。全てにおいて責務が優先されます」

「だが――」

引こうとしない神蔵を、私が制止する。

「――分かりました。今回はこれにて失礼致します。ご協力ありがとう御座いました。今後も捜査に協力頂けると助かります」

私が制止したことで神蔵も少し落ち着いたようだった。だがおかしい。FBI時代の神蔵はもっと冷静だったはずだ。むしろ私が制止されることの方が多かったはずなのに……。

「北條さん。お話ありがとうございました。教会でのお仕事、頑張って下さいね」

私は微笑んでお礼を述べた。だが彼女の表情が少し険しい。

「姫宮さん……で宜しかったでしょうか?」

「はい。なにか――お気に障ることがありましたか?」

「まっすぐ立ったまま、目を閉じて下さい」

(……え?)

言われたままに目を閉じる。というのも、彼女の表情がとても真剣だったからだ。

「光の女神アルサードよ。邪を払い清め、正しき道へ誘い給え。邪を払い清め、正しき道へ誘い給え。光あれこの者へ。光あれこの者へ。正しき道へ誘い給え」

(アルサード教会の、何かの詠唱……?)

初めて聞くような詠唱だった。そして何処となく体の芯が暖かくなったような……。とても不思議な感じだった。

「――終わりました。目を開けて頂いて大丈夫です」

目を開けると、北條さんがにっこりと笑顔で微笑んでいた。

「今のは……何かのおまじないでしょうか?不思議と体が暖かい……そんな気持ちです」

「アルサード教会に伝わる、清めの祈りです。何か暖かな変化を感じ取られたのでしたら、それは良いことだと思いますよ」

北條さんの優しい声。彼女はアルサード教会でどんな責務を負っているのだろう。教会のシスターのような優しい雰囲気に、とても心が癒やされる気がした。

「それでは表までお送りいたします」

女性の職員に案内され、私達は校舎を出て駐車場に向かう。まだ午前中だというのに、外は異様な蒸し暑さだった。日本の夏は湿度が高く、非常に不快かつ体力を奪う。ワシントンD.C.もなかなかの暑さだったが、日本の夏はその上を行っている。

「――詳しい話は車内でするとして、北條さんから色々と話が聞けて良かったね」

神蔵が珍しく私の少し後ろを歩いている。何か考え事をしているのだろうか……? 少し表情が重いように感じる。

「どうしたの神蔵?」

「いや、何でも無い……」

具合でも悪いのだろうか…… よく思えば、神蔵はまだ体の具合が万全では無い。基本的に弱みを見せない性格のためか、本当はまだ現場復帰できるほど回復していないのかもしれない。

「なんだ、この音色はフルートか……?」

何処からか、綺麗なフルートの音色が聞こえる。この旋律は何処か聞き覚えがある。

「この曲は…… クラシックでも有名な曲だな」

「愛の挨拶……かな? 素敵な曲だよね」

フルートの音色のする方向。駐車場のすぐ側に木陰があり、木に寄り添うようにフルートを演奏する女性がいた。女学院の生徒だろうか?

「……上手いな」

神蔵はこういったクラシックが好きな男だ。耳を澄ますと優しい音色がすっと心に入ってくる。確かにただメロディを奏でているだけでは無い。彼女の独特の音色が乗っているかのようだ。

その女性は長い黒髪をなびかせ、瞳を閉じ、静かな表情で演奏に集中していた。両手で持つ非常に淡いブルーの輝きを放つフルート。恐らく特注品だろうか? このような独特な色のフルートは見たことがない。

(素敵な音色…… ただ、何だろう? 何処かしら音色が悲しみを帯びているような…… 明るい曲調のはずなのに……)

しばらくその女性のフルートの音色を、二人で聴き入っていた……。

少しだけ聴くはずだったが、神蔵も完全に演奏を聴き入っているようだ。

人の心を惹き付ける演奏。ただそれが素晴らしかった。

演奏が終わると、私と神蔵は静かな拍手をした。女性が目を開けると、そこで初めて私達に気づいたようだ。途端に驚いた表情を見せる。

「あっ! すみません…… ビックリしてしまって……」

女性は深々と頭を下げる。

「素敵な演奏でした。すみません。特等席で聴き入ってしまって」

「エドワード=エルガーの愛の挨拶、素晴らしい演奏だった。君は音楽専攻なのか?」

神蔵の問いに女性は静かに首を振った。

「……いえ、わたしは女学院で神学専攻です。将来は女神アルサードに仕えるシスターと成り、教会に尽くす所存です」

「神学専攻か…… それだけの表現力があるなら、十分に音楽の道でも通用するとおもうが――」

確かに神蔵の言うとおりかもしれない。クラシックコンサートは学生時代に頻繁に行っていた気がする。神蔵も哲也も、音楽が大好きだった。正直この女性の演奏はプロでも通用するレベルのような気がする。もっとも素人意見ではあるが。

「学業。頑張って下さいね。それでは私達はこれで」

私は微笑んで挨拶をすると、まだ話したそうな神蔵を置いて駐車場へ向かう。それを察しただろう神蔵が女性にお辞儀をして追ってくる。

「私達はまだ仕事中でしょ。女の子口説きたいなら非番の時にしたら?」

イヤミの1つでも言ってやる。いつものお返しだ。

「……ジェラシーか? シワが増えるから辞めておけ」

声のトーンが微妙に低い。少し怒っているのだろう。いい気味だ。

私達は車に乗り込むと、神蔵がエンジンスタートスイッチを3回押す。

「さて、何から話そうか……」

この車はかなり特殊な改造が施してあるようだ。普通の車はブレーキを踏まない状態でエンジンスイッチを2回押すとアクセサセリー電源が使える状態になるが、この車は3回押すことによって特殊なセキュリティモードに移ることが出来る。車内が完全な防音状態になる事と、フロントガラスやサイド、リアガラス等が周囲の状況を計算しそれをガラスに投影することで、外部からは車に誰も乗っていないように偽装することが出来る。さらに赤外線やレーザーセンサーを探知する機能も付いているらしい。もっともセキュリティモードは電力消費が激しいようで長い時間は使用できないが……。

「おそらく、北條さんとの会話はモニターされてたね。多分あれ以上は聞かれたくなかったって事なんだろうけど」

「間違いない。もっともやり方としては雑なやり方だ。面会時間は30分の筈だったが、あんなに早く急に切り上げられるとはな…… おそらく教会内部でも夢見の魔女に関する何かがあったのだろう。北條のあの口ぶりからすると、行方不明者が出たといっていい」

「そうね。ただ表沙汰になっているのは浜野由奈の件だけ。あとは非公開捜査になっているのかも……」

「――と、なってくると確実な情報を得る方法は2つある」

「――というと?」

「クリスに情報攻勢要請をしてデータを奪う。もうひとつは、お前が哲也にハニートラップを仕掛け直接情報を聞き出す。どうだ?」

「……貴方それ、本気で言ってるわけ?」

一瞬腰のホルスターに手が掛かりそうになったが、とりあえず睨み付ける。哲也にハニートラップとは流石に聞き流せない。

「……そう怒るな。さっきのお返しだ」

静かにそういう神蔵。なんだろう、昔だったらこんな時、少し笑いながら言うのが神蔵という人間だった。ただ今は、彼から笑顔がほぼ消え失せている感じがする……。

神蔵が重傷を負った事件……。

それほどまでに、体の傷以上に、彼は心に傷を負ってしまったのだろうか……。

『俺はもう、何も失いたくないんだ……』

神蔵が、射撃場で言った言葉。

貴方は一体、何を失ってしまったの……?

「……すまない。怒ったか?」

「……別に。貴方が相変わらずなのは、もう慣れてるから」

神蔵のことは、私が一番よく分かっている。分かっているはずだ。だから私が一番寄り添ってあげなくちゃいけない。

神蔵を理解し、助けられるのは、私しかいないのだ……。

「ちなみに、クリスさんに情報攻勢を要請って聞こえは良いけど、要するにハッキングって事だよね? そんなに簡単に上手くいくの? 組織的にも今後のことを考えるとまずいんじゃ無い?」

「クリスの腕を心配しているのなら、その心配は無用といっていい。あいつは天才的ハッカーであると同時に強力な武器も持っている筈だ。サイバー戦であいつに勝てるやつは居ない」

「――何、その強力な武器っていうのは?」

何か引っかかった。強力な武器を持っているはず? クリスについて何か知っているのだろうか? 断言できていないことは神蔵も恐らく推測レベルということ。恐らくそれは物理的な重火器のことでは無い筈だ。サイバー的な人脈だろうか? それとも何か他に得意な分野があるのだろうか? ハードウェアにも相当知識がありそうだが……。

「さっきは悪かったが、今夜の会食で情報が得られそうなら、哲也に極秘での情報要請を打診してみろ。あいつがお前に甘いのは学生時代から周知の事実だからな」

「もちろんそのつもりよ。一晩寝ることを条件にされたら――神蔵はそれでもいいのよね?」

わざとらしく言ってみる。もちろん哲也と一晩寝る気など毛頭無いが、哲也はハンサムかつスタイルが良く、頭も切れてもの凄く裕福な家庭で育った将来有望の警視正だ。正直なところ警察庁トップまで登りつめる可能性はものすごく高い。理想の男性としては非の打ち所が無く、世の99%の女性が憧れ、惚れるといっても過言では無いはずだ。

「……お前、いい加減にしろ」

神蔵は静かにそう言うと、セキュリティモードを解除し、エンジンをかける。車はそのままグラウンドベースへの帰路につく。

少しだけだが、昔に戻れたような気がして嬉しかった。

時計を見るともうお昼。お腹も空いてきてきた。今日のお昼はなんだろうか…… そんなことを思いながら、車窓から流れる景色を眺めるのだった……。

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