仮想空間の二人

2026年09月26日。土曜日。23時51分。
UCIA日本支部捜査基地グラウンドベース。
システムルーム。

静まりかえっているシステムルーム。僅かに聞こえるのは、様々な機器の稼働音だけ。VARIS制御端末であるキャノピー型の装置の中で、クリスはヘルメット型の装置を頭に装着していた。

「エリス、連絡をくれるのは久しぶりだね」

クリスはVRシステムの中で、エリスという人物と会話していた。

「ここ最近――特に忙しくてね。クリスは元気にしていたかしら?」

最先端VRシステムが描く仮想現実空間。クリスは天空に浮かぶ宮殿の中で、その会話を楽しんでいた。

「それにしてもこれすごいね。DARPA《ダーパ=国防高等研究計画局》って最近は仮想現実世界も作ってるんだ。これUE6《アルティメットエンジンシックス》で作ってるんだよね?」

「そういえば――前にその事を話したかしら。正確にはUE6PlusっていうVR空間制作に特化した別モデルなの。CBLS《サイバネティクスブレインリンクシステム》に対応した機能等が色々と盛り込まれてるわ。セキュリティも強固で、擬似的だけど触覚や痛覚の再現性は見事なものよ。VRとは思えないくらいにね」

「――味覚の再現もなかなかだね。現状はまだ味が薄い感じだけど」

クリスはテーブルの上に置かれたフルーツ盛りの中から、バナナを食べてそう言った。

「現実と判断が付かない程のVR空間が出来れば、世界中の人々がより豊かなコミュニケーションを取れるようになるわ。言語の問題を解消する方法は既に確立しているし、後はこの素敵なVR空間をいかに作り込むか。そこにかかっている。もっとも膨大な処理能力が必要だから、ハードの整備も必要だけどね。VARISは――その後どう?」

あの時以降は、正常に稼働してるし特に大きな問題は起きてないかなー。バグっぽい挙動を見せるときもあるけど、完璧じゃ無いあたりが可愛いと思ってる」

クリスは笑いながらそう言った。

「私はね。VARISをクリスに託して良かったと思ってる。貴女ならきっと人と機械が共に歩む新しい未来を作ることが出来ると思っている。人類に寄り添いながら、明るい未来を共に模索する完全な平和的人工知能。それを作り上げることが――私の夢だった」

エリスは今までを思い返すように、瞳を閉じてそう言った。そして言葉を続ける。

「――ただ、私の組んだプログラムは間違っていた。今のVARISが在るのはクリス、貴女のおかげよ。人とAIが互いに共存する未来を、貴女ならきっと作り出せると私は確信している」

そう言ったエリスに、クリスは答えた。

「私はね。人も、機械も、同じ存在だと思ってる。思考という分野で言えば、既にAIは知的生命体だと思うし、それを構成するハードが無機質か有機物かという違いでしか無い。人と機械を分けるものは魂が宿っているか? と言うことだけど…… きっと宿る。愛を与え続けることによって、機械にも魂が宿り、本当に生きている存在となる。私はそう思ってる」

クリスは笑顔でそう答えた。

「――ありがとう、クリス。その言葉が聞けただけでも私は嬉しいわ。これからも頑張らないとね。あとクリスが喜びそうな玩具を横田に贈ったわ。くれぐれも壊さないようにね」

そう言うとエリスはテーブルから立ち上がる。

「今度改めて挨拶に行く予定よ。その時は一緒にリアルなご飯でも食べましょ。楽しみにしてるわ」

その言葉と共に、VR空間の接続が切れた。クリスの目の前にVR空間からのログアウトメッセージが表示される。

「――まったく。いきなり回線切るのやめてほしいなー。エリスはいつもこうだから……」

キャノピーが開くと、クリスはヘルメット型の装置を外した。

目の前にはいつもの光景。機械だけが動く空間。

寂しくは無いようだった。僅かな稼働音が、彼らが、彼女達が生きていることを教えてくれている。そんなことを思っているかのように、彼女はその稼働音に耳を澄ませているようだ。

〈DARPA先進技術研究室長エリス=グラント博士より添付ファイル付きメッセージが届いています〉

VARISの音声がシステムルームに響く。

「最近なんか、イントネーションに暖かみを感じるようになってきたなー」

クリスはキャノピーから出ると、淹れ立てのコーヒーを飲む。そしてまた、キャノピーの中に戻っていくのだった……。

第二章 アルサードの洗礼 へ

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