高鳴る鼓動 2
倒れそうになった上半身を松雪さんが支えてくれた。
「ありがとうございます…… なんだか急に頭痛と立ち眩みがして……」
肩を寄せて身体を支えてくれた松雪さん。とても落ち着く匂いがする。花のような甘い香りが、その頭痛を和らげてくれる気がする……。
「北條…… 1つ聞くけど、私生活に支障が出るような症状は出ていないかしら?」
何かを心配するように、そう聞いてきた松雪さん。
「いえ…… 特に偏頭痛持ちとかではないですけど……」
そう言うと、松雪さんは一瞬沈黙したあと、私の肩を抱き寄せたまま口を開く。
「もし、何か人に相談できないような症状が現れたら、私に相談しなさい。貴女は只でさえ並外れた霊力の持ち主。私が心配しているのはそこよ」
一体何の話をしているのか分からない……。
「どういうことでしょうか……?」
「北條…… 貴女が他人にはない霊力を感じ始めたのはいつ頃かしら? 貴方は聞く所によると幼い頃から教会に属しているのよね?」
松雪さんは私の肩を抱き寄せたまま、耳打ちするように問う。
「はい……。教会に属したのは小学校高学年の頃からです。自然粒子《マナ》の存在は幼稚園の頃にはハッキリと感じていて……」
「そう……。だったら貴女は、ずっと教会の庇護の元、今まで生きてきたのね。貴女が卒業した中学校も、今ではアルサード女学院の関連学校。来年辺りにアルサード女学院中等部へと名称変更される。私が言いたいことは分かるかしら?」
「えっと……」
言葉に詰まる……。アルサード教会の庇護の元、私は生きている事ぐらいしか、頭に思いつかない。
「北條。霊力は誰にでも扱えるものではない。そして霊力を扱える存在の中でも貴女は飛び抜けた才能を持っている。つまり教会にとって貴女は逸材であり保護すべき対象なの。今までの学生生活を振り返れば、貴女は己の力を忌まわしき力とは思っていない筈。違うかしら?」
確かに…… 己の内にある莫大な霊力。それを忌まわしき力等と思ったことは一度も無い……。
むしろこの力があることで、私は教会の中でAMGE《アンジェ》に選ばれ、助司祭まで任されている……。
「アルサード女学院及び高等学校入学には、ある程度の霊的素質も必要と噂がある事は知っているかしら? 教会では霊力について学校や私生活では他言禁止とされているけど、それが守られているのは皆何かしらの力を感じている、もしくは信じているからよ」
松雪さんは囁くように続ける。
「ただ、霊力を持つ者が、それを信じないもしくは持たざる者達しか周りにいない場合、異端の者として扱われるわ。秀でた才能は評価される一方で、それに嫉妬する者達も引き寄せる。最悪の場合、それは実害となって現れるわ」
もしかして…… 松雪さんは……。
「北條、気をつけなさい。霊力を操り邪を祓う私達は、この世界では異端の存在。本当に怖いのは人の心よ。そして霊的な力はいつ新たな力が開花するか分からない。力に振り回されず自身を保つには、強い精神力が必要よ。それを忘れないで」
私のことをとても心配するように、松雪さんは静かにそう言った。
松雪さんの学歴について詳しくは無いものの、中学は恐らく私とは別の学校なのだと思う。生徒数も多い学校ではなかったし、1つしか年が違わないのであれば、同じ学校なら校内で見かけることもあったはずだ。
「ありがとうございます。肝に銘じます」
触れ合った肩越しに伝わる温もり。ずっと感じているが、彼女の甘い匂いが心を不思議なくらい落ち着かせている。私の肩に置かれた手からも、その温もりが伝わっている。
「こうして見ると、蒼依が貴女をとても気に入っているのが――私にも良く分かるわ」
「えっ?」
ふとその時、一瞬で私は押し倒された……。
(松雪さん……)
「清楚でいつも眼鏡姿…… けれど顔立ちは整ってる。少し童顔なのも可愛いわ。それにこんな短いデニムショートパンツなんて穿いて……」
松雪さんの顔が近くなる。
「わたしを――挑発してるのかしら?」
倒れた私の顔を覗き込むように、微笑する彼女。昨日とは違うデザインの物を穿いているけど、麻由美が私のキャリーケースに放り込んだボトムはデニムのミニスカートとショートパンツだけ……。
麻由美の言うとおり、以外と慣れて快適に思えた矢先のこの展開…… やっぱり挑発的な格好なのだろうか……。
この状況はまずい…… けれど不思議と胸がドキドキする…… 形容しがたい気持ち……。
「これは…… 妹が勝手に……」
「妹さんも綺麗で可愛いわね。結衣花みたいにスタイルが良くって驚いたわ。きっとその格好は妹さんがコーディネートしてくれたのね」
そう言うと、松雪さんも側で横たわる。流石は松雪さんというか、色々見通されている気がする……。
だけど、とても楽しそうだ。時折垣間見える笑顔が、とても可愛く思える。松雪さんのイメージが、心の中でゆっくりと変わっていくように感じた。
空の太陽が大きな雲に隠れて、強い日差しが遮られる。心地よい風が私達を包み込むように、優しく流れていた。
「北條は…… 好きな人とかいるのかしら? 見たところ恋人がいるようには見えないけど。結衣花と付き合ってるわけじゃないのでしょう?」
意外な質問だった。確かに結衣花ちゃんと付き合っているわけではない……。
けれど、他の誰かを気にしていると言うこともない……。
「結衣花ちゃんとお付き合いはしていませんけど…… 正直なところ教会の職務が忙しすぎて、恋人を作るどころではありませんね……」
苦笑いをしながら、そう答えた私。
「そう…… ただ妹さんだけは溺愛しているようね。あれだけ綺麗で可愛い妹さんだもの。他の誰かには取られたくないでしょうね」
その言葉に私はハッとした……。
もし、麻由美に恋人が出来たとして、私はそれを素直に喜べるだろうか……?
「沈黙しているとなると、図星ということね……」
松雪さんが小さく笑い声を上げる。独特の高い声が、正直なところ耳に心地よい。
「松雪さん。あまりからかわないでください」
「北條、顔が赤くなってるわよ」
私達はその後も色々な話をしながら、やがてその場を後にした。山の陰に落ちていく夕日に照らされた彼女はとても綺麗で、いつもの表情とはちがい優しく微笑んでいたように思う。旅行前までは少し苦手意識もあった先輩だったが、今日の出来事で私は松雪さんのことを、とても好きになったのだった。