闇を照らす月光 2

咄嗟に叫んだが、遅かった…… 勢いよく飛び込んできた二人に狙いを定め、羽磨那が片手で大鎌を振り抜く。大きく鈍いイヤな音が耳を貫き…… 鮮血と共に遙か後方へと吹き飛ばされた二人……。

その光景に、思わず私は声を失った……。

松雪さんも、その悲惨な光景に声を発せずにいる……。

「……甘イ。私は名を与えられた正統なる現代の魔術師《アスファルティックウィザード》。なり損ないの者共とは違ウ……」

羽磨那が纏っていた黒い粒子のようなものが次第に薄れ、完全に消失する。彼女はその大鎌を私達に向けると、その冷たい目線で口を開いた。

「北條鮎香…… 私と共に来い。そうすれば残りの者は命を助けよう」

羽磨那の冷たく温度を感じない言葉…… 何故だろう…… 戦闘前とは心の温度が冷え切っているように感じる…… あの禍々しい赤黒いオーラを発する大鎌…… あれが何か関係しているのだろうか……?

「……馬鹿にしないで下さい! 私は光の女神アルサードに仕える聖なる者! たとえその命が尽きようとも、その信仰は揺るぎません!」

強がりはするものの、私と松雪さんだけでこの窮地を乗り越えるのは難しいのかもしれない。千里さんも、千鶴さんも致命的なダメージを受けたのか、立ち上がることが出来ないでいる……。

重傷を負っている可能性がある…… 早く手当てをしなければ二人の命が危ない……。

「北條…… あの女が持っているのは異界からの召喚武器《アストラルウエポン》よ…… 正直なところ羽磨那の力は私達の想像を遙かに超えているわ…… 貴女も、そして蒼依も奴から狙われている。私が全力で足止めするから――貴女は逃げなさい」

「……そんなこと、出来るわけがありません。松雪さんは私の大事な仲間です。私は最後まで諦めません!」

恐らく私が逃げきれたとしても、羽磨那は又必ず現れる。仮に撃退できたとしても、松雪さんや千里さん、千鶴さんを失った事実に、私が耐えきれないのは目に見えている。

それ程までに、私はAMGE《アンジェ》のみんなを愛している。誰一人、欠けてはならない存在なのだ。

「思った以上に……覚悟を決めているのね。それでこそ私の好敵手《ライバル》に相応しいわ」

松雪さんは微笑すると、その手を天高くかざし始める。

「風の女神ウルスハイネよ。我が呼び声に応え給え。出でよ――霊界から全てを切り裂く光の刃。我が名の下にその姿を現し給え!」

これは…… まさか!

松雪さんの詠唱と共に、徐々に甲高い共鳴音が鳴り響き、一瞬閃光が走った瞬間、彼女の手には光り輝く長剣が握られていた……。

「召喚武器《アストラルウエポン》を扱えるのは貴女だけとは思わない事ね! 我が聖蒼霊刃《セイントアズールエッジ》の力、思い知るがいいわ!」

次の瞬間、凄まじい勢いで羽磨那の懐に飛び込んだ松雪さんが、蒼くそして翡翠のように光り輝くオーラを纏った長剣を振り抜く。甲高い霊的共鳴音と共に繰り出される斬撃。羽磨那との激しい近接戦闘が巻き起こる。

「流石はAMGE第三位――ここまでの召喚武器《アストラルウエポン》を扱えるとは面白イ!」

「少しは見直したかしら? 剣技と霊力の統合力ではAMGE《アンジェ》の中で私に敵う者はいない! 松雪彩奈の名、その身に刻みなさい!」

松雪さんの圧倒的な剣技。羽磨那は大鎌で巧みに防御するも少しずつ押されている気がする。それがカウンターを狙っての誘いなのかどうかは分からないが、魔法を撃つにも二人の距離が近すぎる。だが……。

きっと松雪さんなら私の行動も把握しているはず。今なら高位魔法を詠唱する時間がある。

そして必中のタイミングを、彼女なら必ず作ってくれる。私はそう信じた。

「光の女神アルサードよ。我に力を与え給え。全てを貫く光の矢。全てを燃やす光の矢!」

私が持つ蒼き十字架を中心に形成される光の弓。私は最大限の霊力を込めてその弓を引く。めまぐるしく移り変わる二人の攻防。その狙いを羽磨那に定め、私は渾身の一撃を放つ機会を窺う。

「怯んできたわね! 私は負けない。己にも――そして貴女にもね!」

松雪さんの繰り出す光速の斬撃に防戦一方の羽磨那。そして力強い一撃が放たれると、羽磨那の大鎌が大きく弾かれる。その隙を彼女は見逃さなかった。

「これで終わりよ! 烈風双刃《デュアルテンペスト》!」

二重の残像のような渾身の二連撃が羽磨那を襲う。大鎌での防御は間に合わず、凄まじい衝撃音と共に羽磨那を覆っていた常時展開防御結界《フォースフィールド》を完全に打ち破り、その体が宙に舞い上がる。

ここで決め無ければもう後が無い! 私は狙いを定めその全神経を集中させた弓矢を放つ。

「チェックメイトです! 今、闇を引き裂き――光の裁きで全てを貫け! 光の聖弓撃《ライトニングスタンエッジ》!」

私の霊力を最大限に注ぎ込んだ光の矢が羽磨那へと放たれる。甲高い高周波音と共に空気を切り裂き、光速の如き勢いで聖なる弓矢が羽磨那に直撃する。凄まじい直撃音が辺りに木霊し、目を覆うほどの爆発光が視界を遮った。

「当たった……」

やがて光が収まり、その途端に全身の力が抜ける…… 全神経と霊力を集中させた光の聖弓撃。ここまで霊力を使って放ったのは初めてだ……。

(息が苦しい……)

身体に力が入らない…… 吐く息も粗い…… 緊張が切れたのか一気に疲労感が全身を襲う。膝からその場に崩れ落ちた私……。

「あぁぁ!」

その時、悲鳴が聞こえた…… この声の主は……。

「松雪…… さん……」

ふと顔を上げると、私の目の前で松雪さんが血を流し倒れていた……。

馬鹿な…… 攻撃は命中したはず……。

「愚かね…… 貴女達が相手をしていたのはワタシの作り出した幻影…… もっとも、それを討ち滅ぼした事は褒めてアゲタイワ……」

黒い粒子に覆われた羽磨那の声が脳裏に響く。次第に粒子が薄れていき、それが完全に消えると宙に浮いた身体を着地させた。持っていた赤黒い大鎌も次元に呑み込まれるように消えていく。

「松雪彩奈…… 貴女も相当な力を持っているわね…… 蒼依のパートナーを務めている理由が分かるわ……」

羽磨那の声が普通に耳から聞こえる…… あの黒い粒子を纏った状態は、おそらく霊力を解放し何らかの加護を得た状態なのだろう……。

普通の状態に戻ったということは、これ以上の攻撃の意思はないと言うことなのだろうか? それとも……。

「北條鮎香…… 貴女は殺さないわ。お母様の元へ連れて行く」

羽磨那はゆっくりと倒れている松雪さんに近づいていった。

「初めは只のワガママなお嬢様と思っていたけど…… 貴女も私と同じなのね」

その言葉に驚く…… 私と同じとは一体……?

「貴女と同じですって…… 冗談じゃ…… 無いわ……」

松雪さんの声からして、彼女も重傷を負っている…… おそらく羽磨那の大鎌で致命的ダメージを負ったのだ……。

「貴女の目を見れば分かる…… 常に孤独を感じている悲しい瞳…… だから教会は、蒼依のパートナーに貴女を選んだのね……」

『確かに、橘さんは色々な苦悩があって、その心も人より繊細かもしれません。ですが、松雪さんだからこそ、その気持ちをより深く理解できると思うのです。AMGEはそのパートナーが最適かつ最大の力を発揮できるよう配置しています。それを分かっては――頂けないでしょうか?』

真由様の言葉を思い出す…… 羽磨那は瞳を見ただけで人の心の奥底が分かるのか……?

「松雪彩奈…… 北條鮎香を除き、本来貴女達は殺すはずだったけど…… これも何かの運命なのかしらね……」

「……何ですって……」

ゆっくりと私の側に歩いてくる羽磨那…… ダメだ…… 身体に力が入らない…… 立ち上がれない私を見下ろすように、羽磨那が口を開く。

「北條鮎香…… 今回は警告よ。貴女をこのまま連れ去りたい所だけど、邪魔が入ってしまったわ……」

羽磨那はそう言うと、私の瞳を見つめ言葉を続ける。

「そして忠告するわ。アルサード教会を信じてはいけない。貴女が探している真実を知りたいのなら……」

羽磨那が顔を近づける…… その幼さの残る顔立ち……。

そして彼女は言った。

「私達の元へ来なさい。共に――この歪んだ世界を正すために」

その声だけが、私の脳裏に直接響く…… 何処までも木霊するその声に…… 目の前が白く…… ただ白くなっていく気がした……。

第四章 光という名の呪縛 へ

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