大事な者の為に

2026年8月28日。金曜日。9時55分。
品川区 北條宅。

「もうこんな時間か……」

そんなことを呟いて起きた私。

窓の外から差す光。時刻はすでに10時を過ぎていた。今日は私も、麻由美も学校はお休み。というか強制休暇となっていた。

リビングに行くと、麻由美がソファに座り、テレビを見ながら部屋着で寛いでいる。

「お姉ちゃんおはよう。こんな時間に起きてくるなんて、よっぽど疲れてたんだね……」

「麻由美…… 昨日は色々ごめんね……」

あそこまで号泣したことは今まで無かった…… 私が感じている以上に、その心に負担がのしかかっていたのだろう…… 麻由美に余計心配をかけてしまったかもしれない……。

「そういえばさ、朝なんかニュースやってたよ。うちの高校で誰か行方不明になってるって。女学院高等学部三年生って言ってた」

(由奈さんの一件…… 公開捜査が始まったのか……)

麻由美に断りを入れテレビのチャンネルを色々変えてみる。

〈次のニュースです。東京都品川区にある聖アルサード女学院高等学校の三年生、浜野由奈さんが先日から行方不明となっており、現在捜索が行われております。浜野さんは高等学部でチェス部に所属しており――〉

テレビに映る由奈さんの顔写真…… ついこの間、一緒にチェスをやったばかりなのに……。

「チェス部に所属って、お姉ちゃんの部活の子じゃない……」

麻由美が不安そうな顔でニュースを見ている。

「うん…… 無事に見つかって欲しい……」

私はハーブティーを淹れて、麻由美の横に座りニュースをぼんやりと眺める。

こうやって麻由美とのんびり過ごす時間は久しぶりだった。最近はいつもすれ違い気味で、麻由美に寂しい思いをさせていたのだろうと思うと、姉として本当に申し訳なく思う。

昨日は思わず麻由美に抱きつき号泣してしまったけれど…… 今もさりげなく麻由美に身を寄せたいと思う自分がいる……。

わたしは…… 妹の麻由美に対して、恋愛感情を抱いているのだろうか……。

その時、テーブルに置いていた私のスマホが着信を告げた。松雪さんからだ。

「はい。北條です」

〈北條、お休みのところ申し訳ないわ。教会の修練聖堂だけど…… 予約画面は見たかしら?〉

「え…… ちょっと待ってください」

スマホのアプリ画面から教会の施設予約メニューに入る。そして私は松雪さんが電話をかけてきた理由が分かった。

「今日の全時間帯が蒼依さんで埋まってる…… どういう事ですか?」

〈それを聞きたかったから北條に電話したの。個人的な修練聖堂の使用は一人2時間迄が原則の筈よ。その様子だと貴女も把握していないのね〉

「修練聖堂で訓練となると魔法剣術や魔法戦闘訓練の筈…… いくら何でも一日中やったら身体が持たない筈ですが……」

〈とりあえず私は様子を見に行くわ。ありがとう北條〉

「わたしも教会に問い合わせた後で向かいます」

すぐさま私は教会に問い合わせる。すると施設管理スタッフからは蒼依さんが個人的に一日予約していると言うこと以外は分からなかった。その後教会スタッフに迎えを頼む。

「お姉ちゃん、今日は家でゆっくりするんじゃ無かったの?」

「ごめん麻由美…… ちょっと心配事があって」

麻由美には申し訳ないけど、それ以上に蒼依さんのことが心配だった。修練聖堂は自由に魔法が使える唯一の場所。万が一無理な負荷のかけ方をすれば心身が持たない。自然粒子のコントロールには精神の安定が不可欠。今の蒼依さんの精神状態だと、一人での魔法訓練は危険すぎる。

「行ってきます」

すぐさま身支度をして、教会からの迎えの車に乗り込む。そして私は千葉のアルサード教会へ向かったのだった。

2026年8月28日。11時25分。
千葉 聖アルサード教会 地下修練聖堂。

教会大聖堂の地下にある修練聖堂。円形に形作られたその大きな空間には、天井に安全のための威力減衰魔法陣が描かれ、魔法の威力を危険域以下に減衰させる事が出来る。

その場所で、二人の人物が激しく火花を散らせていた……。

「上條聖司祭……」

その場に居合わせた松雪さん、そして黒川姉妹の姿もあった。空間の中央で、蒼依さんと上條聖司祭が激しく攻防を繰り広げている。

「あの二人、もう30分以上戦っているけど…… 上條聖司祭は汗ひとつかいていないように見えるわ……」

松雪さんが呟く。その攻防を見つめる私達…… 蒼依さんの剣術も凄まじいものがあるが、上條聖司祭は聖杖を巧みに操り、それを完全に防ぎきっている……。

「――どうしました? 疲労が動きにも出てきましたよ」

上條聖司祭は全く隙が無い…… 防御に徹しているのに逆に蒼依さんを追い詰めているようにさえ見える。聖杖を高速で回転させ、ことごとく彼女の攻撃をはじき返している……。

その聖杖は紫色の鈍い光を放っていた。

「あんな聖杖の使い方…… 見たことないわ……」

千里さんがそのレベルの違いに戸惑いを覚えているようだ…… 初めて目にする上條聖司祭の戦いぶりに、私達全員がそれを愕然と見つめていた……。

そして聖杖が大きく長剣を弾くと、上條聖司祭がそのタイミングで強烈な聖杖による突きを繰り出した。

見事にクリーンヒットし蒼依さんがこちらまで吹き飛ばされる。

「蒼依!」

強力な突きをまともに喰らった蒼依さんはうめき声をあげて、立ち上がれずにいた。松雪さんが倒れた彼女に駆け寄る。

「立ちなさい…… 橘蒼依。貴女の力はこんなものじゃ無い筈。思い出しなさい――光瀬から学んだことを」

ゆっくりとそう言って近づいてくる上條聖司祭……。

「上條聖司祭! 流石にこんな状態では蒼依は――」

訓練の中止を進言する松雪さんだったが、上條聖司祭から放たれるオーラに圧倒されてか、言葉が続かない……。

「わたし…… わたしは……」

蒼依さんが、突かれた胸を押さえながら立ち上がる。

「わたしは…… もう、失いたくない…… 大事な人を…… もう誰も!」

そう叫び、一瞬の間に常時展開防御結界《フォースフィールド》を再展開させたかと思うと、彼女は凄まじい速さで突進し長剣を振りきる。しかし上條聖司祭は素早くバックステップでそれを回避し、再び強烈な突きを彼女に喰らわせた。

その威力に、彼女は再び地面に倒れる……。

「甘い――激情に流された剣術等当たりはしない…… これ以上やれば骨折は免れないでしょう」

うめき、倒れた彼女を見下ろしながら、上條聖司祭は静かに語る。

「貴女の心の枷…… それを消し去ることが出来るのは自分自身です。光瀬がいた頃の貴女は、しっかり前を向いて歩きだそうとしていた…… しかし今は、悲しみの中で全てが視えなくなっている…… 思い出しなさい。光瀬が貴女に何を伝えようとしていたのかを」

そう言うと、上條聖司祭は静かに修練聖堂を後にした。

私達は、倒れた蒼依さんに駆け寄る。

「しっかりして蒼依。起き上がれるかしら?」

松雪さんが肩を貸して彼女に寄り添おうとする。

「…………触らないで

蒼依さんから出た予想外の言葉…… その言葉に、松雪さんもだが、私達の動きも止まってしまう……。

「……蒼依」

「……ひとりで……立ち上がれますから……」

強烈な突きでのダメージが酷いのか、胸の辺りを抑えたまま、蒼依さんは苦しそうにゆっくりと立ち上がる……。

「私の事は…… もう放っておいてください……」

涙声での言葉……。上條聖司祭の言うとおり、今の蒼依さんは悲しみで何も視えなくなっているように感じる……。

「本当に…… 蒼依はそれでいいの……?」

松雪さんが静かに問う……。

「…………」

蒼依さんは俯いたまま、言葉を発せずにいた…… きっと彼女は様々な葛藤で悩み、苦しみ続けている……。

羽磨那の事…… そして光瀬さんの事……。

自分が関わることで、松雪さんも遠い何処かに行ってしまうと思っているのかしれない……。

「……分かったわ。もう貴女は気にかけない。AMGE第二位の名に恥じぬよう、己を磨く事ね……」

「彩奈……」

松雪さんが静かに修練聖堂を後にする。黒川姉妹が彼女を心配するように、後を追っていった……。

「蒼依さん……」

修練聖堂に残ったのは私と蒼依さんだけ…… なんと言葉をかけて良いのか分からない……。

「北條さん…… 本当にごめんなさい…… 大切な貴女まで、私は巻き込んでしまった……」

やはり…… 彼女は一連の出来事の責が全て自分にあると思っている……。

「蒼依さん…… 貴女のせいじゃない。今後も強い霊力を持つ人間が現れれば、魔女達は引き込みに現れる…… それは教会外の人間である事も十分に考えられます」

「……私は、啓ちゃんを取り戻したいんです…… 禍々しき魔女の力を得ていたとしても、あの頃の優しかった心はまだ持ち合わせている……」

蒼依さんの過去…… その想い出から、彼女は抜け出せずにいる……。

魔女と化した羽磨那を…… 元に戻す方法はあるのだろうか……?

しかし考えてみれば…… 一般人から見たら、霊力を持ち魔法を操る私達も、魔女と変わらないのかもしれない……。

『北條、気をつけなさい。霊力を操り邪を祓う私達は、この世界では異端の存在。本当に怖いのは人の心よ――』

松雪さんの言葉を思い出す。

「蒼依さん…… 羽磨那さんを元に戻せるかは分かりません。だけど私は、分かり合えるものなら分かり合いたいと思っています。我々は許さなければならない――女神アルサード様も、そう仰っています」

変化し、許し、救う。それが女神アルサード様の言葉。

「自分を許してください。蒼依さんは自分を責めすぎている。時に己を戒める事も必要ですが、強すぎる戒めは心を壊すだけです……」

「北條さん………… ありがとう」

彼女はそう言うと、ゆっくりと修練聖堂の中央に歩いて行く。そして剣を構え、自分の心を律するように剣を振り始める。

その様子を、しばらく眺めていた私。

私も、蒼依さんも、そして松雪さんも…… 心の奥底で悲しみ、何かと戦っている気がする。

きっと千里さんや千鶴さんも、それは同じなのだと思う。もちろん結衣花ちゃんだって、霊力が開花しないことに悩み、日々修練し己と戦っている。

終わらない己との内なる戦いこそが、心を精錬させ、それが許しと救いに繋がる。

聖アルサード教会の聖典である創世の書。その冒頭にはこう書かれている。

我々は変化しなければならない。
許さなければならない。
救わなければならない。

光の女神《アルサード》の祝福あれ。全ての命に輝きあれ――と。

その言葉の裏に、どんな意味が隠されているのかは分からない。

だけど私達は、光の守護の元で闇を祓い歩き続けていく。

強き光は闇も生み出す。それが永劫に続く逃れられない呪縛だったとしても……。

それが、アルサードの乙女達なのだから……。

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