亡失の救世主
あらすじ
FBI捜査官だった姫宮麻美は、突如として姿を消した相棒の神蔵久宗を追い、謎の機関であるUCIA日本支部へと転属する。
世界的に人知れず発生している白骨化事件。その事件の背後には、ユメミサマと呼ばれる都市伝説の影があった。
女性の夢の中に現れ、願いを叶える魔法のアクセサリーを授けるとされるユメミサマ。
だがその正体は、絶対的な力でこの世の善悪のバランスを保つ現代の魔術師《AW=アスファルティックウィザード》だった。
混迷を極め、崩壊へと進みゆく現代の中で、審判《ジャッジメント》と名乗るAWから”AWと成り共に世界を正す”ことを持ちかけられる姫宮。仲間が倒れていく中、絶体絶命の状況で現れたアルサード教会の救世主と呼ばれる女性、朝霧真由。
なんとか一命を取り留めるも、審判の言葉に己の正義が揺らぎ始める姫宮……。
アルサード教会、そして公安警察第七課と共に、事態は更なる方向へと発展していく……。
序文
テクノロジーが更なる発展を遂げ、AIが日々進化する現代。
どんなに物質的な豊かさを得ようとも人間の心は進化すること無く、同じ過ちを繰り返し続けている。
聖アルサード教会の聖典である創世の書。
その冒頭にはこう書かれている。
我々は変化しなければならない。
許さなければならない。
救わなければならない。
光の女神(アルサード)の祝福あれ。
全ての命に輝きあれ――と。
PROLOGUE
2026年09月25日。金曜日。06時32分。
UCIA日本支部捜査基地グラウンドベース。
居住エリア私室。
「うん。こっちは元気だよ。お母さん達は相変わらず忙しそうね」
スマートフォン越しの会話。母からだった。父と母は本国のサンディア国立研究所に勤務している。エネルギー省が管轄する国立研究所だ。国家機密に関する重要な研究などを行っていることから、年に数回まれに電話があるくらいだ。多忙のためかこちらからの電話の反応は鈍く、テキストメッセージもすぐに既読がつく事は無い。
〈久しぶりの日本はどう? お婆ちゃんの所には行くの?〉
「どうかな――私も忙しいし、仕事上なかなか自由がきかなくてね……」
あの事件の後、わたしはホテルからグラウンドベースの居住エリアにその住み処を移すことになった。セキュリティ上の理由もあるが、クリスや葉山もここを住み処にしているようで、神蔵や室長も基本ベースにいることがほとんどだ。何かあった時に、ここならすぐに対応できる。何よりも一人でいるより、仲間がすぐ側に居るのが心強かった。
「そろそろ仕事の準備もあるから。体に気をつけてね」
私はそう言うと電話を切る。父と母がサンディア国立研究所に勤務となったのは、私が中学校に上がる前。それと同時に、わたしは日本の祖母に預けられ、それから中学高校の6年間、日本で過ごしたのだ。
再び日本にやってきて、約一ヶ月。ここUCIA日本支部に配属されてから、想像を超える様々な事態に遭遇し、この世界を見る目が180度変わった……。
AW――現代の魔術師《アスファルティッククウィザード》。夢の中で願いを叶える魔法のアクセサリーを与え、善悪を判定し、悪を摘み取り己の力に変える者…… その絶対的な力で、善と悪のバランスを保ってきたという。
だが、この混迷の世の中は、もうその歪みが限界に達してきている。AWである審判《ジャッジメント》はそう言った。だから新たな力と共に、この世を正さなくては成らないのだと。
「…………」
あの夜。私は視た。鏡に映ったAWと化した自分を……。
審判の精神攻撃だったのか…… それとも己の恐怖心が生み出した幻だったのか……。
鏡の中のソレを視た私は恐怖で叫び声を上げ、その後のことは良く覚えていない。気を失っていた私を、叫び声を聞いて駆けつけてくれた葉山が医務室で手当てをしてくれたらしい。彼には本当に助けられている。あれから約一週間経ったが、それ以来鏡を見るのが怖くなったものの、今のところ何も起きていないのは幸いだった。
浜野由奈を殺したAWは、未だにその尻尾すら見せていない。審判の話ではAWになり損ねたもの…… とのことだったが、審判ほどでは無いにせよ、強力な力を持っているのは間違いないだろう。
わたしには、まだAWと戦えるだけの力は無い。対峙するとなった場合、求められるのは霊的交戦能力だ。もちろんタフな身体能力や精神も求められる。
アルサードの救世主《メシア》。そう呼ばれていた朝霧さん。彼女の力はとてつもないものだったが、AMGE《アンジェ》の北條さんも霊的能力は神蔵以上の力を見せていたし、驚異的だったのは間違いない。あれでまだ高校3年生なのだから、今後の成長は著しいものがあるのだろう。
わたしも、負けていられない。いつまでも守られてばかりではダメだ。前回の事件では色々と不甲斐なさを感じる部分があった。もっとも生きている限りそれは起こり続けるのだろうが、これでもUCIAの特別捜査官だ。肩書きに恥じぬよう責務は果たさなければならない。
(わたしは…… 貴女のものにはならないわ。審判)
室内の全身鏡を見つめ、私は強くそう思った。
米国特殊捜査機関UCIA。日本支部特別捜査官――姫宮麻美。それが、私の名前だ。