亡失の救世主

「ようやく正体を現したカ…… 水原巡査……」

赤と黒のオーラに包まれた水原。その瞳は不気味な赤黒い光を放ち輝いている。不敵な笑みを浮かべ、私達と距離を取った水原。やがて彼女の体が僅かに宙に浮くと、彼女の声が頭に響いてきた。

「我々を邪魔する者は誰であろうと許さなイ! 死ネ! 裏切り者メ!」

宙に僅かに浮いた水原がその手を突き出し凄まじい速さの火球を詩姓に放つ。だが、詩姓の目の前に現れた赤い前方防御結界《シールド》がその火球を完全に無効化した。

「ナンダこれは…… 煙草に火でも付けたいのカ? ワタシの指導を、オマエハよく理解していなかったヨウダ……」

詩姓がそう言って不気味に笑い始める。

「ソウイエバ…… お前にコノ手品は、マダ見せてイナカッタナ」

詩姓の言葉が終わった瞬間だった。水原の右腕が何かが爆発したような音を上げ、根元から吹き飛んだ。吹き飛ばされた右腕は激しい炎を上げ、瞬く間に黒く焼け焦げている……。

「アァァァァァァァァァァァ!」

右腕を吹き飛ばされたその激痛からか、地面に落ち悶え苦しむ水原。

詩姓の攻撃は完全に見えなかった…… 魔法を放つ動作すら見せていない。例えるなら念じた瞬間に相手の右腕を吹き飛ばしたかのように感じた。

その驚異的な力に、皆が呆然と立ち尽くしている……。

「なかなかアンバランスだナ…… 右腕だけ焼け落ちているトイウノハ……」

詩姓が不気味な笑い声を上げている。微笑みながら面白そうに体が欠損した水原を弄んでいるように見える。その表情は完全に重度の快楽殺人者のようだ。

「次は――左足ダ!」

「や、やめ――」

命乞いが終わる間もなく何かの爆発音と共に水原の左足が吹き飛ぶ……。

右腕と左足を完全に失った水原は地面をのたうち回っている…… 吹き飛んだ左足は根元が激しく損壊しており、激しい炎を上げている……。

水原は完全に戦意を喪失しているようだ。その圧倒的な力の差と苦痛に、ただ悲鳴を上げているだけだった。右腕、そして左足を吹き飛ばされ、酷い火傷と血だらけの体。もう虫の息だ……。

「詩姓さんは――火球を放っているんじゃない…… 魔力を凝縮した視えない爆発を起こしている。一体どうやってそんな事を……」

眼鏡を整えながら、北條さんが呟く……。

魔力を凝縮させた視えない爆発…… 確かにそれなら、攻撃動作が全く見えず右腕と左足を瞬時に吹き飛ばした説明が付く。

やがて僅かに動いていた水原の動きが止まる…… もう身動き出来ないほどの致命傷なのだろう。

「UCIA捜査基地の情報を漏らしたのはお前だな。詩姓のお前を見る目付き……明らかに何かを探っている様な目付きだった。元から俺もお前は怪しいと思っていた。捜査基地《グラウンドベース》が襲撃を受けたのは公安七課が基地に来た――翌日だったからな」

そして神蔵は構えていたハンドガンを数発放った。それと共に水原は完全に動かなくなる。

「アルファチームは水原を拘束し横田基地へ運べ。強力な麻酔弾を撃っている。当分は目を覚まさないはずだ。死なれては困るから傷口の応急処置もしておけ」

神蔵の指示の元、アルファチームの人員が倒れた水原を抱き抱える。

その時、バイザースクリーンに作戦司令室の3人の顔が映った。

〈こちら作戦司令室。全員無事か!?〉

室長の大きな声が聞こえてくる。

「アルファチーム1名の犠牲が出たが、地下施設へ侵入したアルファとチャーリーは無事に施設からの脱出に成功。今回の件は完全に敵の罠だ。連れてこられた女性達は食事と水に何かを混ぜられたのか、化け物へと変容し俺達に襲いかかってきた」

神蔵が状況を報告する。そして詩姓が口を開いた。

「課長…… イタズラ好きな子猫を無事に捕獲しましタ……」

〈詩姓――よくやった。水原はこの後UCIAで尋問の予定だ。無事に連れて帰ってもらいたい〉

と哲也の声。

「ご安心クダサイ。少しワタシなりにデザインしましたが、熱消毒で出血は最小限に止めています…… 命に別状は――アリマセンヨ」

ニタついた笑いを浮かべる詩姓…… 彼女の力は本物だが、その性格と相まって酷く恐ろしく感じる。今は味方でいてくれているが、彼女の力ならこの場に居る全員を殲滅するぐらいは容易に出来そうだ……。

彼女が哲也に協力している理由は、一体何なのだろう? 様子を見るに強引に協力させられている訳でもなさそうだが……。

(!?)

そう思った瞬間だった。詩姓の怪しい瞳が私に向けられていた。まるで私の思考を読んでいるかのように、不気味に微笑む詩姓。

私は咄嗟に、その視線を逸らしてしまう……。

〈麻美、そして神蔵も無事で良かった。ブラボーチームが回収地点の安全を確保している。ヘリを向かわせたので直ぐに帰投しろ〉

「ブラボーは無線の調子が悪かっただけか…… 了解した。これより作戦エリアから離脱する」

そして私達は洞窟から外に出ると、回収ポイントであるC-65へと向かった。

2026年10月26日。日曜日。27時51分。
(作戦開始から2時間51分経過)

富士青木ヶ原樹海。南エリアC-65。

私達は回収ポイントである開けた草原でブラボーチームと合流した。もう時刻は朝の4時になろうとしている。夜明けまでにはまだ時間があるせいか気温が低く、吹く風は冷たく、そして寒い。

「神蔵隊長。今回の作戦――見事な指揮だった。俺の名前はヒックス。礼を言わせてくれ」

アルファチームのリーダーが、ヘルメットを取り神蔵に握手を求める。ヒックスと名乗るその男は、年齢は30代前半だろうか? 金髪を短く刈り上げたいかにも屈強そうな顔立ちだったが、何処となく甘いマスクをしていた。

「――アルファチーム、見事だった。練度も高い。1名の犠牲が出たのは悔しいが…… こちらからも礼を言わせてくれ」

神蔵もヘルメットを取り、ヒックスと握手を交わす。

「元NS《ナイトストライカー》隊長。悪い噂も聞いていたが、こうして共に戦うと噂はあくまで噂だな。今後も共同作戦を行うことがあるかもしれない。その時は――よろしく頼むよ」

僅かに笑みを浮かべるヒックス。そして遠くからV-TOL機のローターと思われる回転音が聞こえてくる。気づけばもうすぐそこまで回収ヘリが近づいている。改めて聞いてみるとかなりの静音性だ。恐らく特殊部隊用のステルスタイプなのだろう。

(!?)

「――危ない! みんな逃げて!」

突然のことだった。私は自分でも驚くほど大声で叫んでいた。何かを感じたその瞬間、私は考える間も無くそう叫んでいた。

凄まじい爆発音のようなものが辺りに木霊した。その衝撃波が私達を襲ったかに見えたが、目を開くと私達の周りに強力な全方位防御結界《バリア》が展開されていた。

「――間に合った」

咄嗟の私の叫びに反応して、詩姓と北條さんが全方位防御結界を展開していた。ドーム状に展開したそれは、内側が蒼白く、外側は赤い二重の防御結界となっている。それぞれの結界が僅かに干渉しているのか、稲妻のような赤と青の光が所々で迸っている。

「咄嗟の連携だったガ……その力、実に興味深イ……」

そう言いながら横目で北條さんを見る詩姓。彼女は一瞬だが詩姓を見るも、直ぐに上空に浮かぶソレを見つめた。

「ゴキゲンヨウ」

頭の中に直接響く声…… だが審判や死神のような男女の判別が難しいノイズ混じりの声ではない。明らかに女性の声だ。少し低めだが、何処となく寒気を感じる。その声の主は黒いゴシック調のロングドレスを身に纏い、こちらを優雅に見下ろしていた。

「久しいナ…… 檜山沙織《ひやまさおり》」

詩姓が呟く。空中に浮かぶソレへ神蔵やWF《ウルフファング》の隊員が銃を向ける。審判ほどではないがこのAWからもかなりのプレッシャーを感じる。死神《デス》と同等かもしれない。

檜山沙織。詩姓が話していた黒百合の会《ブラックリリー》、古参の中核メンバー。華奢な体つきだが、この姿からして彼女は既にAWだ。詩姓と同じく、魔術師《マジシャン》というAWに力を与えられたのだろうか……?

私もハンドガンを構え、宙に浮かぶソレへ狙いを定めた。

「お久しぶりです愚者《フール》。わたしも貴女と同じく、素晴らしき名を与えられましてね……」

そう言うと宙に浮かぶ檜山はその左手を空へ掲げた。その瞬間、赤黒い光と共に漆黒の長剣が現れ、それを芸術品のようにゆっくりと眺めながら、檜山は長剣を片手で構えた。その鋭い刃先が、こちらに向けられる。

「我が名は月《ムーン》。悪しきこの世界を神秘の光で照らす者。愚者よ。今から裏切り者の貴女を粛清します」

「……面白イ。その様子だと私とは違う道を歩んだヨウダ。本物の魔の力を――オシエテヤロウ」

詩姓がそう言うと、彼女の体が檜山と同じ高さまで浮き上がる。詩姓も大アルカナの名を与えられたAW。恐らく凄まじい戦いになる。

「危ないです! 皆さんこっちへ!」

北條さんが皆を誘導する。この状況で回収ヘリは着陸できない。先ほどの攻撃で撃墜されなかったのが幸いだが、状況は非常に危険だ。いつでも全方位防御結界を展開できるよう、彼女は神経を研ぎ澄ましているようだ。霧峰さんも彼女を守るようにその長剣を構えている。

「敵AWが出現! 回収ヘリは直ちに作戦エリアから離脱しろ! 作戦プランをCに変更する!」

神蔵がそう指揮を執った瞬間だった。急に空間が歪むような強烈な違和感――それと同時に感じる強烈な重力波。胸を締め付けるような息苦しさが私を襲う。

間違いない。この身動きの出来ないような重圧感《プレッシャー》は……。

「月《ムーン》よ――剣を引け。偉大なる審判《ジャッジメント》様の御前だ」

その声が頭に直接響く。そして宙に浮いた月《ムーン》がその剣を納めると、彼女は優雅に浮かび出現したそれの傍らに付いた。

「――審判《ジャッジメント》。それに死神《デス》まで……」

夜明け前の空に浮かぶ、3体のAW。審判《ジャッジメント》、死神《デス》、そして月《ムーン》……。

危機的な状況だ…… 審判だけでも絶大な力を持っている上に、更に死神、そして先ほど現れた月。3体もの高位AWを相手に出来る力は私達には無い。詩姓の力も強大だが、流石にこの状況を打開することは難しく感じる……。

この状況を打開できる唯一の人。それは……。

「久しいな愚者《フール》。長い間、牢獄へ囚われていたようだが……」

声を発したのは審判だ。彼女の声は直感的に分かる。他者を震え上がらせるような威厳に満ちた声。それでいて何処か落ち着くような不思議な声だ。ノイズにまみれてはいるものの、以前にその声を聞いた私には分かる。

「囚われの身――というのも、なかなかデキナイ体験でね。ゆっくり過ごさせてもらったヨ……審判《ジャッジメント》」

そう言って不敵な笑みを浮かべる詩姓。

「愚者《フール》。審判《ジャッジメント》様を呼び捨てにスルトハ――何様ダ貴様」

赤黒いローブを纏い、あの時のように黒い粒子のような姿の審判。その左手に浮かぶ黒のローブを纏った死神。今のはおそらく死神の言葉だ。

「ホウ…… 以前よりその力を増したカ。アルカナの中でもその成長は著しいナ。審判が可愛がる理由も分かる気がスルヨ……」

詩姓がニタついた笑いを浮かべながら語る。アルカナとはおそらく私達が高位AWと呼んでいる大アルカナの名を与えられたAWか? 話しぶりからすると、詩姓は過去に死神、そして月とも面識があるように思える。

「さて、愚者との邂逅を楽しんでいる時でも無い。わたしは彼女と会話するために、この場に訪れたのだよ。私達の挨拶も兼ねてね」

審判の声が頭に響く。恐らく彼女達の声は皆の頭に直接響いているはずだ……。

そして、赤黒いローブの中で渦巻いている黒い粒子が、完全な人の形へと変化していく。

(あの時見た…… 審判……)

赤黒いローブのフードをとる審判。

美しい金髪をなびかせ、神殿の巫女のような美しい整った顔立ちからは、神聖な雰囲気すら感じとれる……。

その透き通るようなアクアブルーの瞳が、私を見つめた。

「元気そうで何よりだ――姫宮麻美。以前よりもまた、魂の輝きが増したな」

審判の声からノイズのようなものが完全に消える。落ち着いた声だ。心地よく吹くそよ風のような印象も受ける。

この心地よさに惑わされてはダメだ。審判の狙いは私だ。

「――配下の二人まで連れて、私に何の用かしら? 貴女の勧誘は断ったはずよ!」

私は両手でハンドガンを構え、そう言って審判に銃口を向けた。審判に実弾兵器がまったく効かない事くらいは分かっている。だが、向けずには居られない。神蔵やアルファ、ブラボーの隊員もそれぞれの銃を構えている。

「おやおや――穏やかではありませんね。月《ムーン》が放った攻撃にツイテは、私から謝りましょウ」

黒いローブに身を包み、漆黒の粒子を渦巻かせていた死神が言った。その粒子が蒸発するように消えると、彼女もフードを取った。

「ああ見えて――気が短いようでしてね」

日本人…… 素顔を晒している月と同じく、死神《デス》もまた日本人だ。年齢は20歳前後だろうか? その容姿はかなり若い。少しばかり気の弱そうな声。そして何処となく幼さが残る顔立ち。赤毛色の長い髪が風になびいている。

私達UCIAの基地を襲ったAWとは、とても思えない……。

「死神《デス》。そして月《ムーン》――我が配下には魔術師《マジシャン》という名の者もいるが、あいにく彼女は多忙でね…… まずはUCIAの基地を襲撃したことを謝ろう。あれは死神が独断で行ったことだ。麻美をどうしても――我が元へ連れてきたかったようでね」

ゆっくりとした口調で話し始める審判。独断とは――どういうことだ?

「それにしては随分とお大がかりな襲撃だったけど? 貴女が裏で指示していたのでは無くて?」

あの襲撃でかなりの死傷者が出た。独断であろうと許せる理由は何処にも無い。私は審判を睨み付ける。

「我々は厳格な統率の元で動いているわけでは無い。名を与え認めた者に関しては自由に動いてもらっている。我々に共通する理念は、弱く愚かな者に裁きを下し、正しく新しい世界を作る事だ」

審判はそう言って微笑む。そして言葉を続けた。

「そう言った意味では、何もお前達と変わらない。平和を尊ぶ思いは、我々もまた同じなのだ。ただ――その視点と手段は異なるがな」

審判の目が少し険しくなる。

「今日ここに来た目的は2つある。1つ目に――これから我々が行う計画の説明だ」

審判の声のトーンが下がり、その冷たく変化した瞳がまっすぐに私を見つめる。

「これから我々は限界に達したこの世界を救うため、根本的な問題解決に着手する。勘の良い麻美なら我々が何をやるか、もう見当が付いているだろう――?」

限界に達した世界の根本的な問題解決…… まさかとは思うが、彼女達がやろうとしていることは……。

「――まさか、世界的な人口削減を、企てているんじゃないでしょうね……?」

様々な問題の根本的原因。それはこの地球上に人類が増えすぎた事だと考える。食糧問題、貧困問題、移民の問題、環境問題、全ての根本原因は増えすぎた人口にある。私はそう思った。

豊かになり増えすぎた人間は、やがて争いを始める……。

それが――人間の歴史だ。

「そのとおり。察しが良くて助かる。我々はこれから増えすぎた世界人口を大幅に削減する。この世界を再生させるため、まずは――多くの犠牲が必要だ」

「多くの犠牲ですって? 何をするつもりなのよ! 貴女達がやろうとしていることは卑怯なテロリスト達と何も変わらないわ!」

いかなる理由であれ、何の罪もない人々の命を奪うことは許されない。世界中に拡散し始めているAW。まさか本当に――世界同時テロでも起こそうとしているのだろうか? 一斉に事を起こされれば、もう対処はできない。世界的な大混乱が起きることは免れない。

「これから何が起こるか――それは自ずと分かるだろう。もう誰にも止めることは出来ない。幾多の犠牲と共に、新たな再生の道が開かれる、そしてこの地上に――新たな王国が築かれるのだ」

審判はそう言って、その両手を広げる。まるで私達を招き入れるかのように。

「その時――新たな支配者となるのは我々だ。姫宮麻美、そして北條鮎香。お前達二人にはその資格と素質がある。特に麻美。お前は新しき世界の法を司る者に相応しい。何処までも純粋な強き心の輝き、そして正しさと優しさを持つお前なら、それが可能なのだ。我が元へ来るなら、新しき名と全ての知識を授けよう」

審判は微笑み、私にそう囁く。ダメだ。審判の目的は私に宿る何らかの力。それを利用されるわけには行かない。

「勧誘なら以前断ったはずよ! 私には大切な仲間がいる! そして守りたい人達もいる! どんな理由があったとしても、罪もない幾多の人達を犠牲にして、新しい世界を築くなど――私は許さない!」

私はそう力強く言い放った。自分の中の弱い心を打ち消すように。

不思議だ。何故彼女の言葉は、こうも心に入り込んでくるのだろうか……。

その時後ろに居た北條さんが、私と同じように前に出た。

「私は女神アルサードに忠誠を誓いし者。私達は全てを許し、そして救わなければなりません。貴女の申し出を受けるつもりはありません!」

力強くそう言い放つ。彼女は審判にその十字架を向け、鋭い視線をおくっていた。

だがそんな彼女の姿を見て、審判は不敵な笑みを浮かべる。

「北條鮎香…… 最年少でAMGE《アンジェ》に選ばれ、その中でも群を抜く霊力を持つ逸材。そしてお前と同じように、かつてAMGEには凄まじき霊力を持ち、かつ剣技に優れた最強の退魔士がいた。その者の名は――お前達も知っている筈だ」

審判の言葉に、二人の顔色が険しくなる……。

「お前と同じ事を彼女も言っていた。女神アルサードに忠誠を誓い、全てを許し全てを救うとな。だが、アルサードの真実を知った彼女は、その後――どうなったと思う?」

審判、そして死神と月も薄ら笑いを浮かべている。ダメだ。北條さんと霧峰さん、明らかに二人は動揺しているように見える。

「北條さん! そして霧峰さんも審判の言葉を真に受けてはダメ! 審判は容易に相手の心に入ってくる!」

私は二人にそう言うと、審判の浮く地面に威嚇射撃をする。銃声が木霊し、二人の表情が元に戻った気がした。

「まあよい。いずれ知ることになるだろう。そして麻美。我々はお前を待っている。北條を連れ――我が元へ来る事を」

審判の言葉。そして奥の山々から日の光が登り始める。まるで後光を放つように、朝焼けの光に照らされる3体のAW。

「さあ――私が来たもう1つの目的を話そう。それは魔術師殺し《ウィザードキラー》と愚か者共に裁きの鉄槌を下すため。その為だけに来るほど暇では無いが、丁度良かったのでな。数多くの同胞を殺した罪。今日こそ償ってもらうゾ!」

「俺は――お前達に易々と殺されるほど甘くは無い!」

審判の言葉に神蔵がそう反応する。

途端に敵から放たれるもの凄い重圧で心と体が押しつぶされそうになる。まずい! 審判が黒い粒子状の姿に変わり、死神もフードを被り漆黒の粒子を渦巻かせている。あの粒子事態がおそらく霊的な常時展開防御結界《フォースフィールド》だ。声質も変化させ、審判のレベルになれば術者自体が黒い粒子状に変化し正体を隠せるのだろう。それを考えれば死神の能力は審判に近い。

「光の女神アルサードよ! 我らに加護を与え給え! 天の光と慈愛の火、祈る声よ響け!」

天に十字架をかざし、私達に加護をかける北條さん。蒼白い光のオーラに包まれると共に、力や気力がみなぎってくる。体もまるで羽が生えたかのように軽くなる。

そして――やはりそうだ! 空気中に漂う自然粒子《マナ》の存在、その色がはっきり感じ取れる!

彼女の加護を受ける度に、その効果が高まっているように感じるのは、私の中で霊的感応力が高まっているからなのか、それとも無意識なアルサードへの信仰心がそうさせているのかは分からない。

だが、確実に私の中で何かが目覚めつつある。それは素直に感じる事が出来る。

「さあ――覚悟するがイイ!」

審判《ジャッジメント》の右手から鮮やかな光と共に銀色に輝く大槍が現れる。それと共に死神《デス》は赤黒く光る大鎌を、月《ムーン》は長剣を召喚する。いよいよだ。途端にその恐怖からか体中に汗が噴き出る感じだ。

その時だった。私達の目の前がまばゆい光に照らされる。

とても暖かな光…… 全身が癒やされるような神聖な風の中で、彼女は現れた。

「やはり現れたカ――アルサードの救世主《メシア》よ」

私達の目の前に、鮮やかな法衣を身に纏った朝霧さんが現れた。審判と同じ高さまで浮遊した彼女は、その右手を天に掲げると、甲高い音と共に強烈な光が発せられた。

その手に握られた、白銀に輝く聖杖。それを審判に向けると、彼女は言葉を発した。

「――審判よ。貴女方の行いはいかなる理由があろうとも、許されるべき事では無い。そして、姫宮さんや北條さんを貴女達には渡さない。もう誰も――私は失いたく無い」

その声から、彼女の強い感情が感じ取れる。怒り…… いや、これは決意か……。

やはり、彼女の言葉からすると……。

「アルサードの救世主よ。そこまでの力がありながら、何故真実から目を背けるのだ……? 奴らはお前のその強大な力を利用しているだけだ。『我々は変化しなければならない。許さなければならない。救わなければならない。光の女神《アルサード》の祝福あれ。全ての命に輝きあれ』この言葉の意味を、お前なら理解している筈だが――?」

審判は彼女に長槍を向け、そう問いかける。

「――私は、アルサードの救世主《メシア》。たとえそれが仮初めだったとしても、私は彼女達を守りたい。か弱き人々を助けたい。その気持ちには一点の曇りも無い。そしてその先に――私の辿り着くべき場所がある」

彼女はそう言うと、その聖杖を天に掲げる。朝焼けの光がまるでその聖杖に集まるかのように光の球体が大きくなり、凄まじいエネルギーが凝縮されていく。頭上の雲すらも吸収するようなその集積に、私達は思わず愕然とする。

「死神《デス》! 月《ムーン》よ! 今すぐ可能な限り遠くへ転移シロ! 今のお前達デハ間違いなく消し飛ぶ! 位相次元すらも貫通シテクルゾ!」

審判が叫ぶ。そして死神と月が離脱を試みようとするが、何処か様子がおかしい。

「――逃がしません。既に一体は私が霊的に掌握しています。転移することも、満足に防御結界を展開することも――貴女達には出来ないでしょう」

彼女の冷めた言葉が頭に響く。心が凍り付くような、圧倒的な恐怖すら感じる……。

これが、絶対的な彼女の力……。

「ソコマデの力が扱えるとは――ホントウニ何者ダ貴様ハ!」

審判が怒り狂っている。それと共に声のノイズが酷くなる。間違いない。審判は彼女の力を完全に見誤っていた。おそらく3人なら対応できると踏んでいたのだ。だが実際には3人でも全く歯が立たない。それだけ彼女の力が――尋常では無いのだ。

「せめてもの情けです。苦しむことはありません。一瞬で貴女達は天の光で燃え尽きる。この広大な自然に満ちあふれる自然粒子《マナ》。それが生み出すエネルギーは膨大です。貴女達が――来世で同じ過ちを繰り返さないことを願います」

そして聖杖に集められたエネルギーが、完全な光り輝く巨大な球体と化す。

彼女はそれを、審判達めがけて振り下ろした。

凄まじい音が辺り一面に木霊した。目を開けていられないほどの光が一体を包む。その衝撃は凄まじく、こちらも体が吹き飛ばされそうだ。北條さんと詩姓が全方位防御結界《バリア》を展開しその波及を何とか防いでいる。それが無ければこちらも只では済まない事が想像できた。

やがて、音と衝撃が止んだ……。

そして私達が見た光景は…… 意外なものだった……。

「そんな……」

そう声を発したのは朝霧さんだった。その光景を疑うように彼女は、目の前に現れたそれと咄嗟に距離を取る。

審判と死神――それに月。その目の前に突如現れた、銀色に輝く大鎌を手にしたAW。その神々しくも禍々しい絶対的なオーラを放つソレは、真っ白なローブを身に纏っていた。ローブの中でうごめく白い粒子はまるで審判のようだが……。

このAW…… まさか…… わたしは何処かで見た覚えがある……?

途端に審判、そして死神と月が、赤黒い光と共に何処かに転移したのか、その場から消え去った。

「…………」

銀色の大鎌を構えたAWは、まっすぐに彼女を見つめているようだった。そして一瞬の速さで彼女の懐に飛び込むと、その左手で彼女の頭を鷲掴みにする。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「――朝霧さん!」

蒼白い電流のような光と共に、彼女の悲鳴が辺りに木霊する。私達は謎のAWを前に、全く身動きが取れないでいた…… 全身が金縛りにあったかのような、不思議な感覚で動かない。必死の思いで叫ぶものの、その行動を止めることが出来ない。

やがて、その蒼白い電流のような光が止んだ…… 完全に気を失ったであろう彼女を、そのAWは優しく抱き抱えると、私達の目の前にそっと降ろした。

「…………」

そして、消えた。まるで風景と同化するように消え去った……。

おそらく、朝霧さんのあの攻撃を、謎のAWは完全に防ぎきった……。

そして唖然とする彼女の懐へ飛び込み、謎の攻撃を繰り出した……。

(何が起こったの…… そしてあのAWは……)

残されたのは、横たわり気を失った朝霧さんと、私達だけだった。やがて聞こえてくる回収ヘリと思われるローター音……。

アルファとブラボーチームが手を振り、すぐさまヘリを誘導する。やがて着陸した2機の回収ヘリ。気を失った朝霧さんを私達はヘリに運ぶ。そしアルファチーム、ブラボーの隊員達も次々に乗り込んでいく。

「…………」

私は横目で神蔵を見つめた。ヘルメットを取り…… 疲れた表情を見せている。

今回の作戦は、想像を絶するものだった。犠牲者が一名だけだったというのは奇跡に近い。だが……。

神蔵は地面に視線を落としたままだった。そんな神蔵に声をかける。

「神蔵、基地へ帰ろう。無事に帰投するまでが――作戦でしょ」

「――ああ」

素っ気ない返事をし、ヘリへ一人歩いて行く神蔵。

(神蔵……)

そんな彼の後ろ姿を見ながら、私達はヘリに乗り込む。

こうして今作戦である反撃の聖剣作戦《オペレーションライトブリンガー》は終了した。横田基地へ帰投したのは朝の7時を回っていた。北條さんも、霧峰さんも疲れ切った様子だったが、その表情は何処かしら複雑だったように思える。

浮かび上がる様々な疑問……。

それを抱えたまま、わたしは横田へと帰投し、捜査基地《グラウンドベース》へ戻ったのだった……。

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